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壁画

(ホータン・キジル)


25 菩薩像頭部壁画断片


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塑壁着色、額装
キジル石窟
7世紀前半頃
ル・コック将来品
縦17.8cm、横14.4cm
東洋文化研究所

宝冠から胸上部までの菩薩像。まず残念なのは、壁画表面の剥落というより、何かハンマー様のもので強く叩いたかのように塑壁体そのものまでかなり深く露出するほどの損傷が目立つことである。しかしこの損傷部で観察すると壁体上に施された薄い白色下地が確認できる。

やや左に向けられた菩薩の顔面から首下あたりまで遺る身色は白色下地上にやや青味を帯びた灰色が薄く塗られ、白亳の周囲、額の髪際付近、上下瞼の周辺、唇から頬、さらに顎にかけて、また首の三道の線(1本しか見えないが)に沿って、いずれも明るいオレンジ色、恐らく丹の隈が柔らかい調子で施されている。輪郭線をはじめとして面貌細部は茶色味の強い朱細線で描き出される。大きく緩やかなカーブを描く眉は白色線と朱線とが重なり、また長く通った鼻筋も鼻稜を表す白色を先端に行くに従って幅広く塗り、小鼻も白色のタッチを左右に小さく加え、小鼻も含め2本の朱線で描き起こす。やや幅のある上唇を朱線で輪郭し、その上端と人中に白線を引く。やや唇を開いたようにして下唇を小さく輪郭し、下唇の下にも白色線を添える。顎は隈をつけず白色の丸で微妙な突出感を与え、顎の輪郭線に沿って白線を引いている。両眼は、剥落と汚れで明瞭ではないが、右眼は白色の上に上瞼の墨線と朱の眼窩線が、左眼は目頭部分の白色が一部剥落した下に朱の三角が見えており瞳の位置を示す下描的なものであろうか。

キジル石窟の第3区マヤ窟(第5窟、中国編号224窟)壁画でも阿閣世王伝説・分舎利図などにみるような、粘りのある引き締まった描線によって細部まで完璧に洗練され、キジル様式の高みに達した感のある表現に比べると、本図の描線は概して穏やかに引かれ緊張感に乏しい。しかしそこがかえって少女のように初々しく、口元には微かに笑みがたたえられ、全体に癖のない素直さが魅力となっている。

頭飾は、キジル壁画通有の3つの大きなメダイヨンから成るが、一部しか遺らず、各メダイヨンは、白緑を中心に褐色の線と茶色の周縁を廻らすのみで、小白点を連ねた飾りも見られず簡素である。また宝冠のさらに外には頭光背に施されたとみられるラピスラズリの青が点々と遺っている。また左肩下には、何かを持つ手の痕跡が、右肩下には青色の珠を連ねた装身具がわずかに見える。 なおこの像では、髪際線に連なるように白点線が見え、宝冠の一部であろうが、これほど額の間際に施された例は、他に全く見られないようである。 キジル石窟のいわゆる第2インド=イラン様式盛期(7世紀前半頃)に属する愛すべき小品である。

(田口榮一)

関連文献

「シルクロ−ドの絵画—中国西域の古代絵画—」展図録「大和文華館」1988


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