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東京大学総合研究博物館所蔵 阿部正直コレクション目録

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はじめに


白石 愛(東京大学総合研究博物館特任助教)


気象学者で「雲の伯爵」とも称された阿部正直(1891-1966)は明治24年(1891)1月9日に備後国福山藩最後の藩主正桓の長男として東京で生まれた。大正11年(1922)3月に東京帝国大学理学部物理学科を卒業、大正14年1月理化学研究所写真乾板の物理的研究嘱託を経て、昭和3年(1928)御殿場に私立観測所阿部雲気流研究所を創立した。昭和12年、時勢の影響により阿部の観測所は中央気象台委託観測所となり、阿部自身は気象観測事務嘱託となったのを機に、御殿場に一般公開施設である雲気流参考館(のち阿部雲気流博物館と改称)を設立した。昭和16年1月4日中央気象台産業気象課勤務となり、同年10月13日に主論文「山雲の形と気流」で東京帝国大学より理学博士の学位を取得した。その後、大日本航空技術教会研究員、中央気象台研究部に勤務し、同御殿場臨時出張所長兼務、同研究部気象物理研究室長、同研究部長などを歴任し、昭和22年4月中央気象台気象研究所長となった。昭和24年6月30日に58歳で中央気象台を退職した。晩年は幼児教育に力を入れた。昭和30年に私立阿部幼稚園を創立してみずから園長となり、阿部幼稚園長在職中の昭和41年1月1日、心筋梗塞のため75歳で死亡した。

御殿場の阿部雲気流研究所における気象観測は、研究所が竣工した昭和3年(1928)10月から開始された。本格的に定期観測を始めたのは昭和7年7月からで、国際極年に合わせ中央気象台が富士山頂観測所を設置し通年観測を開始したことに呼応している。中央気象台勤務となり、理学博士の学位を取った昭和16年には阿部自身による観測はほぼ終了し、次男正庸に引き継いでいる。

阿部の研究は、雲の形と気流との関係を、通常の写真に加え、立体写真と活動写真を取り入れたことに特徴がある。とりわけ孤高の山である富士山には笠雲や吊し雲といった特殊な雲がかかることが多く、大正15年(1926)8月4日に御殿場市二ノ岡で後に翼雲と名付けた吊し雲を観測したことにより、富士山の雲形に魅了され、富士山にかかる山雲を本格的に観測研究するに至った。また、自宅に風洞実験施設を作り、富士山の模型を設置し、気流実験装置によって雲の発生を再現実験した。

さて、その阿部正直が遺した膨大なコレクションは平成25年(2013)の夏、東京大学総合研究博物館に寄贈された。同コレクションには、多様なサイズの紙焼き写真の他、ガラス乾板写真、フィルム、撮影機器や実験器具などの物品類、膨大な研究資料、図書、原稿類、学術雑誌、私物が含まれている。紙焼き写真は大判のものから、葉書大、名刺大、コンタクトシートほどの小判サイズの写真まで1,000枚近くある。なかでも、富士山にかかる雲を定点観測した多数の気象記録資料はコレクションの主要な部分となっている。本データベースでは、阿部コレクション全体を理解するうえでも最も基本となる「Cloud Photo」および「CLOUD PHOTO」の目録を掲載する。



■凡例

一、各標本につき、標本番号、画像、名称、年代、形態、法量、記載事項・備考を掲載した。

一、標本番号はIMT番号と分類番号(G以下)からなっている。

一、法量の単位はミリメートルに統一した。

一、記載事項は原文を基本とし、若干補足した。欄外の記載は「 」内に示し、概ね左上から右下の順に並べた。

一、以下の天気記号が使用されているが、検索の利便性を考慮して、〔 〕内に文字で示した。例えば、「●」は「〔雨〕」
  のように表記した。

  ●雨、▲雹、✳︎雪、露、☰霧、ப 霜、ⵖ霜柱、☈雷、⟙雷鳴、凍露

  (気象庁ホームページ「天気欄と記事欄の記号の説明」を参考)



■画像スキャン・画像処理・校正作業(所属は2018年3月現在)

白石 愛  東京大学総合研究博物館ミュージアム・テクノロジー寄附研究部門特任助教

早乙女牧人 東海大学文学部日本文学科非常勤講師

吉川 創太 東京大学総合研究博物館インターメディアテク寄附研究部門

春田 彰子 東京大学法学部第一類3年

坂口 舞  駒澤大学文学部歴史学科4年



■付記

本データベースは、平成29年度東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の成果の一部である。平成28年(2016)8月出版の東京大学総合研究博物館標本資料報告第109号『東京大学総合研究博物館所蔵阿倍正直コレクション総目録(1)』に画像と若干の修正を加えた(2018年4月)。

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