多田文男外邦図コレクション

外邦図について

明治期から第二次世界大戦終結までの間に大日本帝国陸軍参謀本部陸地測量部によって作成・複製された日本領土外の地図は、総称して外邦図と呼ばれている。かつて日本が中国大陸に進出していた当時の満州、朝鮮、台湾等の地域はそのころ内邦とされていたが、今日ではこれらの地域の地図も含め外邦図と呼ばれている。当時は植民地統治や軍事的理由から、中国方面、東南アジア、インド方面、太平洋地域の地図が盛んに作成・複製された。このような地図は、軍事的に重要な資料であったため、外部者には秘匿され詳細な記録は残っていないが、終戦時には、日本の測量隊による測量や現地国の地図を複製するなどして作成された膨大な量の地図が参謀本部にあった。これらは元々、軍事目的や植民地統治のためにつくられたものだったが、今日では当時の土地利用や環境を記録した貴重な資料となっている。

現在、外邦図の所蔵は、国立国会図書館、東京大学、お茶の水女子大学、京都大学、東北大学、駒澤大学、広島大学等がよく知られ、近年では、重複図幅を他の研究機関に寄贈することも行われている。それでは、かつて参謀本部にあった外邦図や国内地図はどのような経緯で各大学に渡ったのだろうか。

兵要地理調査研究会

太平洋戦争末期、米軍による日本本土への攻撃は昭和19年末頃から激しさを増し、翌20年3月以降、東京をはじめとする多くの都市が米軍による無差別攻撃を受けるようになった。そのころ、参謀本部では同軍の本土上陸に備えるため、著名な地理学者を招集した兵要地理調査研究会が発足された。それは大本営参謀渡辺正氏による発案で組織されたもので、戦争に関連する地理情報を収集することを主な目的としていた。第一回の兵要地理調査研究会は昭和20年4月、市ヶ谷の参謀本部で開かれた。研究会のメンバーには、参謀本部側各班の他には、地理学界からは東京帝国大学理学部地理学教室辻村太郎教授(のち東京大学名誉教授)、同教室助教授で資源科学研究所兼任多田文男(のち東京大学名誉教授)、同教室木内信藏助手(のち東京大学名誉教授)、東京文理科大学田中啓爾教授以下各大学・研究機関から著名な地理学者が選ばれ、細かく研究の分担が定められたという。このような研究会の活動は、学者や学生達を戦争に動員させる試みであったが、いくつかレポートが出されたところで終戦を迎えることになる。

軍事関係書類の焼却

昭和20年8月、戦争が終結すると、同年8月15日付及び19日付で軍秘密書類の焼却命令が発せられる。陸地測量部発行の地図では、満州・関東州などの10万~5千分1内邦地形図や兵要地誌図などが焼却対象に含まれ、実際に陸地測量部や外地などで地図・空中写真・書類などの焼却が行われたという。その行為は機密保持を意図したものだったが、一方では、膨大な量の地図情報が失われることを意味していた。

外邦図の搬出と分配

そのような状況の中で、昭和20年9月、多田文男助教授、東北大学理学部田中舘秀三教授らが中心となり、参謀本部の許可を得て市ヶ谷の同本部及び明治大学地下にあった参謀本部分室で保管されていた外邦図・国内一般図が応急的に整理、搬出されることになった。

搬送先の一つ資源科学研究所(大久保)への整理・搬送には、多田助教授、資源科学研究所員の中野尊正氏(のち都立大学名誉教授)や三井嘉都夫氏(のち法政大学名誉教授)らが携わった。多田氏の書簡によると、何度も参謀本部に行き、車がないので肩に担いで運ぶ大変な作業だったという。資源科学研究所に搬入された大量の地図は、昭和35年頃から同研究所員浅井辰郎氏(のちお茶の水女子大学教授)を中心に整理され、お茶の水女子大学、東京大学理学部地理学教室、京都大学、立教大学、広島大学などに分配された。

また、東北大学へは、田中舘教授、当時学生であった岡本次郎氏(のち北海道教育大学教授)や土井喜久一氏(のち静岡大学教授)らが携わり応急整理されたのち、搬送された。

各大学への分配には、資源科学研究所ルート、東北大ルートに加え、兵要地理調査研究会に参加していた東京帝国大学理学部地理学教室木内信藏助手によるルートがあったという。木内信藏助手らにより参謀本部から運び出され、地理学教室(現地球惑星科学専攻)に持ち込まれた地図は、東北大学やお茶の水女子大学に分配されたほどの量があったらしい。

現在、博物館地理部門で保管されている外邦図の多くは、多田文男助教授らにより持ち出され資源科学研究所員浅井辰郎氏により整理・分配されたものと、木内信藏助手らにより持ち出されたものに由来すると考えられる。

参考文献

金窪敏和(2004):「終戦前後における参謀本部と地理学者との交流、および陸地測量部から地理調査所への改組について(渡辺正氏資料をもとに)」、外邦図研究ニューズレターNo.2、39-45

小林茂(2011):「外邦図 ~帝国日本のアジア地図」、中公新書

駒澤大学禅文化歴史博物館(2008):駒澤大学所蔵外邦図展解説、2-4

佐藤久(2006):「地図と空中写真、見聞談:敗戦時とその後(続)」、外邦図研究ニューズレターNo.4、45-67

東北大学理学研究科地理学教室(2003):東北大学所蔵外邦図目録、ii-iii

久武哲也(2003):「旧資源科学研究所所蔵の外邦図と日本の大学・研究施設等所蔵の外邦図との系譜関係」、外邦図研究ニューズレターNo.1、15-20



外邦図の保管状況

2012年3月更新
地域図幅数
東アジア台湾303
樺太・北方諸島・千島223
朝鮮1,890
満州・関東州568
中国6,316
その他469
東南アジア仏領インドシナ204
タイ86
ビルマ651
マレー139
フィリピン35
インドネシア1,238
その他144
南アジアインド・セイロン811
アジアその他 24
太平洋太平洋303
オーストラリア・ニュージーランド258
その他ソ連・モンゴル24
アメリカ大陸・アリューシャン38
ヨーロッパ1
合計 13,725 面
多田文男外邦図コレクション保管図幅数
※ 未整理分3,000〜4,000枚を除く。海図は含まない。


2012年11月更新
保存場所枚数
紙箱保管分1,676
旧9層地図キャビネット保管分4
合計 1,680 枚
2010年東洋文化研究所より受け入れ分外邦図枚数
※ 相当数の重複を含む枚数。海図は含まない。


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